

昼飯を食べた店に「週刊ポスト」があった。
3.11大震災後に初めて出た号なんだろう。巻頭に編集部による「日本を信じよう」との読者への呼びかけがあり、その後に記事が続く(と記憶する。雑誌本体は手元にない)。
内田樹先生のこの文章が掲載されていた。「同感!!」の一言である。以前、以下のようにメモしたことを思い出す。
いまメディアに求められること。
- 被災地の人々に正確で役に立つ情報を迅速に提供すること。
- 政府や地方自治体、東京電力などの対応に問題があったり、あるいは遅かったりしたときは、「こうすべきではないか」と冷静に提案型の批判をすること。
- 世界の人々に向かって、日本が直面する苦難に手を差し伸べてくれるようアピールすること。
- 打ちひしがれている人々を励まし、日本社会のすべての人々を勇気づけること。
内田先生は、同じことをより大きな視野のもとで「寛容」、「臨機応変」、「専門家への委託」の3つに整理する。的確である。
これは余談になるが、内田先生の文章を収めた「週刊ポスト」自体は、残念なことに「寛容」の精神を欠くように思えた。同様に「臨機応変」や「専門家への委託」の気概も薄い。
「『原発職員は被爆で死ね』と恫喝した菅直人『亡国の7日間』」と題した菅政権批判は、その口汚い悪罵の記述を目で追ううちに、ため息が出てしまった。何だ、これ?
いま、この時期に「未曾有の事態に直面し、格闘を余儀なくされている私たちの政府とその責任者」をこき下ろし、執拗に攻撃を加えることにどんな意味があるというのだろう?
たとえ私たちの政府とその責任者の振舞いに問題があろうとも、いまは「ともあれ、がんばれ!!」と励まし、問題があれば「ここはこうしたほうがいい」と提案すべきなのだ。
批判は冷静に、かつ提案型でなければならない。いまは、そういう「時期」なのだと思う。
その意味で、この記事には品性の低さを感じざるをえなかった。
品性の低さといえば、内田先生と並んで掲載されている幾人かの論客の発言にもガッカリさせられた。
この国の保守派の一部には苦境に直面している国民に思いを寄せるよりも先に、現政権への憎しみに身も心も奪われている連中がいる。そういうことが、よく分かった。下品である。